日本での公開3日目、2015年12月20日、3D吹き替え版を見てきました。
「フォースの覚醒」上映1か月前には、ソワソワ、ワクワク。
スターウォーズ新聞やネット情報を読み漁りながら、DVDでエピソード1~6まで見直し、楽しみにしていました。
それが、観終わってからは、心がモヤモヤ。
ここに勝手な感想を書いてすっきりしたいと思います。
> 映画を見てから消えない疑問…
●新共和国にとってのレジスタンスとは
エピソード6では、銀河帝国に勝利し、銀河に平和と安定がもたらされるはずだった…。
ネット上の感想にも書かれていましたが、なぜ新共和国が統治する時代になって、呼称が未だ「レジスタンス」なのか。
そして、その規模や戦力の低さ。
「共和国が支援している」という位置づけながら、新共和国とは一線を画す、「秘密結社」的な存在は何故か。
レジスタンスの規模や戦力の低さから見て、共和国もたいした支援をしていないんだろうな、と思いました。
いわば、「レジスタンス」の勝手な戦い。
映画のパンフレットには、新共和国について、帝国軍に勝利し、平和協定を結んでからは、帝国軍は戦争を起こさないと妄信している、レイアは度重なる助成依頼が通らず(?)、新共和国にがっかりしているというようなことが書かれていましたね。
映画上は、新共和国のそうした態度すら描かれていなかったと思うので、レジスタンスが新共和国へきちんと現実を伝えることができていないのでは、とも思ってしまいました。
実際、ファーストオーダーは30年拡大を続けてきており、それをレジスタンスも知っているのだから、新共和国の体たらくだけでなく、レジスタンス(結局はレイア)が市民に訴える力、政治力がなかったということでしょう。
●新共和国の統治能力の無能さ
主人公レイの生活を見る限り、辺境の惑星では日々の食事にも事欠く様子。
ファーストオーダーの兵士だったフィンも、赤ん坊の時に連れ去られてきたと。
今回の舞台が「エンドアの戦い」から30年後ということは、赤ん坊の収奪はそれから10年以内に起きており、以降、解決されずに放置されていたということ。
映画の冒頭では、フィンの出身の村がファーストオーダーの襲撃に遭い、皆殺しになっていますが、新共和国が武力放棄の平和国家だったとしても、警察のような治安を守る役割は存在しないのか。このときは、(少なくとも映っている間は)誰も駆け付けない。
マズ・カナタの城が襲われた時は、レジスタンスが来ます。
レジスタンス・ナンバー1のパイロット・ポー・ダメロンが来るということは、主要部隊と推測されます。
レジスタンスは、求める「地図」のためには動くけれど、人民の命のためには動かないのか。
話は逸れますが、マズ・カナタの城に集まっている海賊たち、目立った反撃もなく、弱すぎます。
●ファースト・オーダー誕生の謎
エンドアの戦いからわずか30年で、暗黒面の力があれほどまでに復活しようとは。
カイロ・レンやハックス将軍を指揮する「スノーク」という人物。
振り返れば、エンドアの戦いの時点で、唯一のジェダイとなったルーク。
(映画パンフレットの冒頭には、ルークが姿を消し、唯一のジェダイとなったレイアと書かれていましたが…)
ルークがジェダイとなる、そのわずか前までヨーダが生存していたけれど、パルパティーンやダース・ベイダーに台頭する、新たな力のある暗黒面の成長に気が付かなかったのか。
30年前のあの時点で、ある程度まで力を獲得していなければ、独学で、カイロ・レンの師とまで、なれるだろうか。
それでなれるなら、暗黒面で力を持つとは、ずいぶん簡単なもんだな。
●フィンの生い立ちと人物像
赤ん坊の時にファーストオーダーにさらわれ、親の顔も覚えていないというフィン。
なぜ、ファーストオーダーは、都合の悪い事実を、教えるのだろうか。
「ポー・ダメロン」を助けファーストオーダーのスターキラー基地から脱出するとき、フィンは「正しいことをしたい」というが、なぜファーストオーダーに物ごころつく前から洗脳されて育ったはずの人間が、「正しいこと」がレジスタンスとなるのか。
フィンは、「初めて人を殺す場面でためらいが出た」とその理由を語ったが、ファーストオーダーに育てられたのなら、敵のパイロットが逃げるのを手伝うことが「正しいこと」というよりは、「ファーストオーダーに疑問を感じた」と反抗期的な描き方のほうが自然では。
映画パンフレットでは、徴兵されたと書かれていたし、前評判でも「平和を愛する青年」となっていたので、途中で、設定が変わったのでは。
いいキャラをしているが、ファーストオーダーの教育は、意外と自由主義的なのかもしれない。
●マズ・カナタのキャラの矛盾
ハンソロが城に来た時、なぜ周囲に分かるように大声で「ハンソロ!」と呼びかけたのか。
声に出さなければ、ファーストオーダーが来ることもなかったかもしれないし。
演出上の理由であれば、いかにも不自然。
また、百戦錬磨の海賊が、なぜ誰がファーストオーダーに通じていそうか、把握していないのか。
「おおらかで脇が甘そううで、抜け目がない」という海賊のばあさんなら魅力的だが、脇が甘すぎて、なぜここまでの地位になりえたのか、謎。
クローンウォーズで出てきたアソーカ・タノが生き残っているかもという噂があったので、密かに期待していました。
でも、アソーカのキレイなあごのラインやでかい垂れ耳(?)に対し、実際には顔が丸ぺっちゃんこだったので、ないか~と思ったけれど、映画パンフレットでは、マズ・カナタは「フォースの力で生き残ってきた」のような書かれ方だったことと、マズ・カナタが、アソーカと同じ赤顔だったので、もしや、エピソード8・9で、過去が明らかになるのでは、と引き続き、期待することにする。
●ほかにも
・キャプテンファズマは、一体なんだったのか。
・ファーストオーダーは、なぜ人間だけなのか。新共和国の影響が及ばない辺境の地は、人間以外の生物が映ると言うのに。
・新共和国は太陽がスターキラーに改造され完成するまで気が付かなかったのか。
・なぜBB8の地図では不十分で、R2D2がもっていたその周囲の地図が必要だったのか。
・その星について、広大な海面や島々の中からルークがすぐ見つかったのか。レイのフォースか。ならなぜ星や、せめて方向くらい分からなかったのか。
など、疑問はありますが。
疑問のほかに、個人的な感想として、
●「家族の物語」という要素が拡大、他の要素が限りなく消滅…
スターウォーズは、色々な要素が一つのスペースロマン(!)に織り込まれたおもしろさがあると感じていましたが、ルーク、レイア、ハンソロ、カイロ・レン、レイが親族ということになると、どうなんでしょうか。
「フォースにバランスをもたらす」として期待されたアナキン・スカイウォーカーは、暗黒面に落ち、ダースベイダーとなった。
そして、ジェダイは、せん滅された。
アナキンの息子がジェダイとなり、父親に代わって、世界に平和をもたらしたかに見えた。
しかし、その後ルークが育てた、新しい世界のジェダイの内の一人、甥に当たるカイロレンは、暗黒面に引かれ、父・ハンソロを殺す。
ミディクロリアムが創り出した生命体「アナキン・スカイウォーカー」とその一族は、多くの命を抹消し、世界を混乱と恐怖の渦に陥れ、一定程度で身内が阻止する、そういう、スケールの小さな話になり果てている。
「フォースにバランスをもたらす」伝説はどこに行ってしまったのか。
バランスどころか、フォースを適切に操ることができる人物は、ルーク以外育っていないではないか。
むしろ、ヨーダが150歳から修業を始め、900歳まで精進したことに対し、人間であるルークの力は、いかに浅いものか。
フォースの力でカバーしているだけで、深さがない(ように思える)。
ジェダイがせん滅された時点で、「ジェダイ」の物語は終わってしまっているのだろう。
今は、「フォース」の話。
ミディクロリアムがアナキンを創造した目的は、フォースにバランスどころか、フォースを操る者のせん滅が目的だったのでは。そうすれば、全ての自然や物やに、本来フォースがやどっているのだから、それが誰かに(たとえジェダイであっても)意図的に使われることがなくなる。
あるいは、これから「フォースにバランスをもたらす」伝説が、また頭をもたげてくるのか。
●銀河に秩序と平和をどうもたらす、という壮大な使命感、ワクワク感はない。
新共和国は、自分たちだけで平和と文明を享受し、辺境の惑星は、食料に事欠き、虐殺や襲撃があっても、助けが来ることはない。
使命感溢れ、新共和国のためにそれぞれ動く、仲間となる議員がいるどころか、新共和国は、スター・キラーで破壊される一瞬のカットでしか映らない。
新共和国が、何を考えているのか、何をやってきたかもわからない。
だから、レジスタンスとファースト・オーダーの勝手な戦いにしかならない。
レジスタンスが勝利しても、ファーストオーダーが負けたとしても、銀河の秩序を保つべき共和国と言う仕組みがそもそも蚊帳の外になっているのだから、レジスタンスが勝っても、銀河の広い視野から見れば、たいしたことではない。
結局、エンドアの戦いの後、新共和国の統治機構をしっかりできなかったことが、諸悪の根源。
それを、本来は誰がすべきだったのか。
パルパティーン議長が選出され、旧銀河帝国が誕生したときの反省が、全く活かされていない。
●ストーリーの特に後半が、エピソード4。
前半は、懐かしさやワクワクがあり楽しく見ていたが、後半は、エピソード4の踏襲。
踏襲するでも、別の要素を絡めれば、新鮮になったと思うが。
守りに入るあまり、自分で作った殻から出られなかったという感じ。
●物語を、導き、見守る者がいない
エピソード4では、ベン・ケノービ、5~6では同じくベン・ケノービやヨーダ。
エピソード1では、クワイガンジン、2~3ではオビワン・ケノービ、ヨーダ。
などがいて、良くも悪くも、パルパティーンも、物語や主人公を、見守り、導く者だった。
それが、今回で言えば、レイア、ハンソロ、スノークといったところだが、
レイアや子育てに失敗し、それを夫のせいにして現実逃避する中年女性、
ハンソロは経営感覚がなく借金まみれで長年妻と会うことすらできない中年男性、
スノークは、スポット的な出演で、人物像は明らかにされず深みがない。
今回は、深みのある魅力的な人間がいない。
フォースの覚醒で魅力的なのは、レイやBB-8だが、カイロ・レンも含めて、結局、大物感はなく、小物同士の戦いという印象。
仙人のような深みのある人物が一人いるだけで、物語に深みが出ると思うんだけどなあ。
映画冒頭で出てきた、レイアの長年の友人という、カギとなる地図をもっていた老人がすぐに殺されなければ、おもしろかったのでは。その意味でも、いい感じに年を取ったアソーカが出てこなかったのは残念。
こう酷評してきても、次のエピソード8を楽しみにしてしまうのが、スター・ウォーズなんだよなあ…(笑)