東京発 のんびり ゆったり 気まま旅
東京から新幹線で数時間。 私と彼の週末旅行をご紹介します。
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名古屋への旅行の最終日、12月31日の年末ということもあり、観光名所はお休みばかり


ホテルをチェックアウトをしたばかりですぐ帰るのももったいないし、映画を見ていくことにしました。


上映時間の問題から、『最後の忠臣蔵』を見ることに。


あらすじ


忠義という名の気高く美しい愛が、時代を超えて今も語り継がれている史実〈忠臣蔵〉。大石内蔵助以下、赤穂浪士四十七士による討ち入り、切腹というクライマックスはしかし、本当の結末ではなかった。なぜなら、赤穂浪士の中に討ち入り後の役目を帯びた二人の生き残りがいたのだ。討ち入り前夜にすべてを捨てて逃げ去った瀬尾孫左衛門と、討ち入りを果たした後、大石内蔵助より、「生き続けて後世に真実を伝えよ」との密命を受けた寺坂吉右衛門。それから16年、名誉の死を許されなかった二人が再会する。あの日、孫左衛門に何があったのか?16年間、何のために生きてきたのか?今、二人の男たちが使命を果たし、ついに〈忠臣蔵〉は完結する…。

(TOHOシネマズより)


 『最後の忠臣蔵』公式ホームページ


まず、映画の出来栄え。こういうものを秀逸というのではないでしょうか。


いつも、映画のアラや矛盾や設定の不自然さばかりが目について仕方のない私も、今回は物語自体を楽しむことができました。


役所広司、佐藤浩市と役者は演技派揃いだし、話の設定上から忠臣蔵の赤穂浪士のエピソードに続くものということで、そもそも深みを増すもので、ぐっとひきこまれました。


大石内蔵助の忘れ形見、可音(かね)を演じた桜庭ななみも、若いのに迫力があるなあと感心。
試写会での号泣シーンを数日前にyoutubeで見ていたので、さぞ苦労し、充実した撮影だったんだろうと思っていましたが、生い立ちに多くの苦労を抱えながら立派な16歳の武家の姫に育ったという役どころを、凛と見事に演じていました。


演技に変なくせもなく、武家の心と16歳という幼さと女心が絶妙に交差する演技で、とても好感を持ちました。


思いがけないゲストも出ていて、びっくりする場面も。


ストーリーでは、家臣の忠義の厚さや武士の心、赤穂浪士やその家族、討ち入らなかった家臣にまで悲劇があったということを思い、思わず涙せずにはいられない場面もありました。


最近の映画は、観客を泣かせたいところで、さも「クライマックスです」とでも言うような音楽をガンガン鳴らしてきて、話が良くても気持ちが冷めてしまうことがよくありましたが、『最後の忠臣蔵』では、さびしげでシンプルなピアノの音が流れ、映画によく合っていました。


時代背景や説明臭いところはほぼ省略されていますので、赤穂浪士の討ち入りの史実を知らない人は、置いてきぼり感を感じるかもしれません。


赤穂浪士の討ち入りに至った基本的な経緯を全然ご存じない方には、ご覧になる前に、ぜひ一度『最後の忠臣蔵』公式ホームページで予習されることをおすすめしたいと思います。



私目線のあらすじ
ここでは結末まで書いてあります。
映画をご覧になる予定の方は、ご覧いただかない方が楽しめると思います。


赤穂浪士47人の討ち入り後、生き証人として事実を後世に伝え、大石家家臣の家族をまわり、遺された家臣の暮らし向きを助けるように命を受けた足軽がいた。
佐藤浩市演じる寺坂吉右衛門である。


話は、討ち入り16年後、吉右衛門が散り散りになった家臣の家族をまわり終えるところから。
無事使命を全うし、大石内蔵助亡き後、家を継いだ大石内蔵助のいとこ進藤長保(伊武雅人)のもとに報告に参じる。


その道すがら、無二の親友で討ち入りを誓い合っていたのに、討ち入り前夜に忽然と姿を消した瀬尾孫左衛門の姿を見かける。


孫左衛門は討ち入り前夜に大石から、病床にあり大石の子を宿している妾、可留(かる)のことを守ってやってほしいという使命を受けていたのだ。


生まれてくる子は、討ち入りという大罪人の子となるため、適当な時期になるまでは決して使命のことも子どものことも、誰にも明かしてはいけないと念を押される。


可留(かる)は出産後すぐに死亡し、孫左衛門は赤子「可音(かね)」を抱え、ほかに乳飲み子を抱える母親を探して雪山を歩き、この子に乳を恵んでやってほしいと頼み込む。


そこで出会った安田成美演じる「ゆう」こと島原で一世を風靡したという元太夫の夕霧に協力を得、可音は芸事を習い、武家の娘として立派に育て上げられていく。


あるとき、上方で流行の人形浄瑠璃を孫左衛門と見に行くと、呉服屋の豪商、茶屋の跡取り息子(山本耕史)に見染められる。


そこには、進藤に誘われて来た吉右衛門も来ており、それを見つけた孫左衛門は警戒して舞台の途中で帰宅する。


可音は、育ての親の孫左衛門を「まござ」と呼び、淡い恋心を抱いている。
茶屋への輿入れの話に可音の心は揺れ動くが、孫左衛門の使命への決意を感じ、嫁入りを受け入れる。


可音の嫁入り当日には、大石に恩義を感じる以前の家臣が大勢馳せ参じ、嫁入り行列に次々に加わっていく。
孫左衛門も果たした使命も明らかになり、命惜しさに逃げ出したと思われていた孫左衛門への誤解も解け、名誉も回復される。


しかし、可音を立派に育て上げ送り届けた孫座江門は使命を全うしたことから夕霧の引きとめもむなしく、大石の元に逝くのであった。


可音の立場で見ていた私。


孫座江門の決意は固く、死は避けられないだろう雰囲気は感じていましたが、いざ最期を迎えると、「まござ、なんで死んじゃったんだよぉ。嫁入りなんてするんじゃなかったよぉ」と、可音なら感じるのではないかという悔しさをひしひしと感じました。


でも、昔は一人ひとりが「使命」を感じる時代だったのですね。
それが正しいかどうかは別にして、生きる拠り所になっていたのですね。


近代でも、命や一生をかけて何かを成し遂げた人がたくさんいました。


現代は、生き方に縛りがない分、何をしたらいいか分からない、生きている意味が感じられないと自殺を選ぶ人が増えたのかもしれません。


私も早く、自分がもつ使命を見つけたいと思いました。


 今までブログで書いた映画を5つ星で評価してみました!



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